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TWO BOOKS

白黒写真が僕を好きな理由

全編白黒で撮影された映画”ペーパー・ムーン”という誕生日プレゼントを送るセンスとその感想。/ women

 (”women” @Nice FranceYohei Maeda Photography )

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30歳にもなるが、自分には毎年誕生日に誕生日プレゼントを送りあう友人がいる。もちろん男だ。同級生の男だ。

 

彼とは小学校1年生の頃からの付き合い。小、中学校までは同じ学校。高校以降は異なる進路を歩んでいる。大学で私が海外にいる際ですらも、Skypeで色んな話をしたものだ。社会人になって、お互い東京に住んでいた時も、また、その後彼が実家へ戻り岐阜-東京と物理的に離れていてもその関係は続いている。不思議な縁である。

 

スタドバイミー風に言うならば、”私は自分が12歳の時に持った友人に勝る友人を持ったことがない。” 的な存在なんだろう。実際は、12歳ではなく6歳だけれども。

そんな彼から送られてきた映画が”ペーパー・ムーン

ペーパー・ムーンは1973年制作の映画。母親を亡くした少女と男の物語。実の親子が演じているという、なんとも親子冥利に尽きる映画だと勝手ながら思う。

movies.yahoo.co.jp

当時としては、カラー映画を撮影できる技術環境下。その中でも敢えて”白黒”という表現を選択して撮影された白黒映画。撮影には、赤色フィルターを使用して、白い部分を特に強調したコントラスト強めの仕上がりとなっている。赤色フィルターは同じ色が際立ち、赤みの強い人の顔は明るくなる仕組みだ。つまり白さが引き立つ。逆に背景に広がる青空は暗くなり黒色に近くなる。

”被写体深度の深さ”という表現とその意図

また、映像をみていくと気になる被写体深度。動画撮影には特別詳しいわけではないが、やはり撮影者視点からすると気になる。近くから遠くまで焦点のしっかりとあった被写体深度の深さ。その深さを利用した表現。主演が演技する奥の窓で楽しそうに写る子ども達と、その次のカットでは落ち込み気味の主演の女の子が後ろに写るシーン。これらの対比は被写体深度の深さあっての意図、表現だろう。

 

カメラを始めた頃は、被写体深度浅めの対象物のみにフォーカスした、あの”カメラ的”な視点が好きだった。写真撮ってるぜ的な。けれど、写真を撮れば撮るほど、シャッターをきろうとすればするほど、四角い枠に何を詰めるのか、どう並べるのか、いや、そんな事よりも、あの枠でどう世間様を切り取ることができるのかという大喜利めいたことに楽しさを見出してきたように思う。

 

マニュアルのカメラを使うから、当然絞りも意図的に調整しながら一枚ずつ撮影している。自分はF16〜からそれ以上を選択する場合がやはり多い。実際自分の作品を見返しても、深度深めの作品が中心だ。 

 

被写体深度という至極基本的で、当たり前のツールの存在感を思い出させてくれる、そんな映画だ。

白黒の映像をあえて選択した理由

また、そんな事を突き詰めていると、結局カラーでもなく、デジタルでもなく、写真を始めた時と変わらない、白黒フィルム写真から離れられなくなっていった。カラーだと、要素が多すぎて自分には扱いきれない。デジタルでも次から次へと新しい、クオリティーの良いものがでてきて、過去の質が残念なように勝手に感じる。ならば潔く、撮りたいものだけ、その”大喜利”に最大限集中、注力できる方法を選択している。と、そんな感情だ。

このDVDの中には、作成秘話も収録されており、その中で監督がこの白黒をあえて選択した理由についても語っていた。

 

白黒画像が”俳優の親友”と言われるのは、表現力が増して見えるからだ

 

1935年といえば不況のさなかだ。恐慌の世界のイメージは白と黒なのに主役の二人は金髪に青い目だ。子どもつぶらな瞳も合わないから白黒の映像にした

 

この映画の撮影で目標にしたのは1930〜40年代の古典的な白黒映画だ。

テクノロジーへのアンチテーゼではないが、撮影という本質は今も昔も未来も変わらない。はず。

道具としての進化を拒む必要もなく、実際「写真はテクノロジーだ!」と言い切っていた学生時代にお世話になった写真家の言葉は今でも忘れない。とはいえ、何をどのタイミングでどれくらいの深さで留めるのかという一番基本の基本(イメージとしては2次元でなはなく、3次元の箱です。縦、横、深さ。あっ、あとタイミングという時間軸を入れれば4次元か。)を使ってどう出会った空間を収めるかという大喜利こそが、撮影という行為の本質の本質だと思うわけだ。もちろん、色だ光だあるのは分かるが、それらのより前にある要素という意味で。技術の進歩や、その発展に乗らないわけではないが、そういった撮影自体の本質に迫る作品にこだわりたいし、それに近づける技術を自身で選択したいと思う。流行り廃りに踊らされることなく。

角を曲がれば空には虹が♪

そんな事を知ってか知らずか、”なんかお前の写真と同じ匂いがしたから。”という理由でこの作品を送ってくるあたり、6歳からの友人的発想だと思わざるを得なかった。素晴らしき誕生日プレゼントをありがとう。

 

Just around the corner, there’s a rainbow in the sky♪

角を曲がれば空には虹が♪

 

映画内で親子が口ずさむこの詩がなんとも言えないなと、反芻しながらブログを更新する雨まじりな土曜の朝よ。

 

Maeda