TWO BOOKS

白黒写真が僕を好きな理由

カンと鳴くはウグイスかカニか、才能は街から個々へ。/ Shishamo

(”Shishamo” @Hakone Japan Yohei Maeda Photography)

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胡散臭い映画監督のような雰囲気をかも出しだすこの青年こそ、自分の周囲の中で最も創造的な人間だろう。

自身を”小森山ドブネズミししゃも太郎Jr.三世”と呼び、海のない山に囲まれた岐阜を生息地としている。日々創作活動に明け暮れる友人。箱根へ旅した際にプラウベルで撮った一枚。

小学一年生の頃からの親友であり、帰宅方向が同じだったからという他愛もない理由で仲良くなった。一緒に帰りながら色々な話をしたものだ。

高校くらいの時から、家に遊びに来る度に、私の机を占拠して紙とペンを勝手に使い漫画を書き出す。ものの数十分で描き上げてから会話が始まる。とても不思議な人間である。

 

そんな彼の漫画が人知れず実家の部屋に保管してある。改めて感じるその才能をここに解き放つことにする。

個々の街


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カン


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ウグイス


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カニの話

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社会の仕組みという名の”世の中”を知れば知るほど、TVや雑誌にでる有名人という人達は“有名人‘であるという事実を理解してくる。有名人は作られる。「資本主義という社会基盤が根底にあるからだよ。」なんていう、とうの昔に焦げ冷えた言い訳はいらない。

 

センスや才能は何処へ

センスという塊は、一体どこに昇華されるべきか。インターネットが登場して、個の時代だと叫ばれる昨今だが、マスメディアの力は偉大で絶大だ。才能という名の呪いは依然として世の中の吹き溜まりのように、どこかにひっそりと漂っている。

 

実家のファイルの中で漂っている位ならば、いっそインターネットの吹き溜まりの何処かで漂っていてくれよと、ここらで放流しようと思うのだった。

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センスなんていう言葉よ、成仏したまえ。

 

Maeda

ブルーベリークーラー甚句2018 / mad cow

(”mad cow” @Cebu Philippines Yohei Maeda Photography)

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築90年の田舎の実家。暖かいぬるま湯のような風が吹き抜ける畳で寝転がっていた。窓という窓は全開。チリンチリンと風鈴がせわしなく騒いでいる。

どこかで観た風景だなぁ。と天井を眺めながら思い返していると、そうだ小さな頃に寝かしつかされ、軽く汗ばんで目覚めた時もたしかこんな風だったなぁ。と思い出す。

 

先日、会社の仲間達と座禅へ行った。座禅は初めての経験だった。日々の仕事が巡っていく中で、昔の夏休みの記憶が断片的に出ては消えた。実際にそうだったかどうかはあまり関係ない。それっぽい、夢のような、さぞ思い出らしいものが駆け抜けていった。ぼーっとしていた。が適切な表現だと思う。無心とは程遠かったと思うのだが、それが座禅だと後輩が後から言っていた。どうやらあれで良かったらしい。

 

生温い風布団を脱ぎ捨て、そろそろ帰京という名の現実へ戻ろうかと台所へ向かう。この古民家で唯一、クーラーのある台所。父が買ったばかりのiPhone10を眺めている。まだ慣れない、なんていいながらも趣味の相撲甚句動画をyoutubeに載せてはPVを気にしている。母は近年お気に入りのブルーベリー農家へお盆のお供えを調達しに出払っていた。最近流行りの「多動力」は、母の為に作られた言葉ではないだろうかと錯覚するほどに動き回る。世間のお盆というお休みムードは一切関係なく。

 

部屋にはクーラーの涼しくて快適な空気が満ちていた。外気を遮断し調整された室温は確かに涼しくて快適だ。しかしながら、あの生温い古民家を吹き抜ける風と畳の感触、忙しない風鈴、じんわり汗ばんだ肌達が織り成す”それ“はこの冷たく冷やされた部屋では居合わせない。優劣の問題ではない。世界が違うのだ。

 

座禅の時に記憶の片隅で出ては消えた思い出らしき夢という名の無心は、幼き夏の日に刻み込まれた触感だったのかも知れない。

 

ついつい実像めいた虚像を是とする生き方へ傾倒しがちな世の中だが、真実はいつだってシンプルだ。良いものは良い。昔から変わらずそこにある。本質は変わらない。Hello, Again ~昔からからある場所~ にあるのだろう。

そんなことを想った2018年のお盆。実家で過ごした夏休み。

お題「夏休みの思い出」

父の日にLeica M6 + APO-SUMMICRON-M 50 mm f/2 ASPH へダイブした / me on my mother

(”me on my mother” @Gifu Japan Yohei Maeda Photography)

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『ミクロの中にダイブすることがある。ミクロの中にこの世界の中にものすごくおっきなマクロがあるということを知る。これをダイブと呼んでいる。』

 

「自分と対話すること」を私の友人はこう表現していた。うまい事言うなと思った。

 

Leicaもまさにそれだろう。Leicaは言わずとしれたカメラ。多分カメラを知らない人でも「ライカ」は分かるはず。ライカと聞けば、「高級なカメラ」と連想する人は多いのではないか。

そう、ライカは高い。本体もそうだが、とにかくレンズが高い。そのLeicaを購入した。本体はフィルムを現役で使いこなせる実用性高いM6を。レンズはAPO-SUMMICRON-M 50 mm f/2 ASPHが届く。中古車が買える。

 

題名から勘違いしないでほしい。父へのプレゼントではない、自分のカメラだ。自分のカメラとしてライカへダイブしたのだ。

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ある人は『良い写真を撮るために、カメラは全てではない。』という。一方で、学生時代にアシスタントさせてもらっていたフォトグラファーは『写真はテクノロジーだ。技術だ』と言い切っていた事を思いだす。

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変化という名の進化をしながらも、自分の人生を謳歌するための投資をしていく。良い写真を撮りたいと思わせてくれる。撮れる状態の自分を創っていく。あと何年フィルムで写真を撮っていけるか分からないが、それでもこの決断によって、満足いく作品が一枚でも多く遺すことができたら本望だ。

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190万台。1993年製だ。

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若干サビが浮き出ている。M6のこの黒塗装にした仕様は嫌は気に入らない。使い込めば塗装が剥げてくる感じの方が好きだ。

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シャッター幕も申し分なく綺麗。

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オリジナルのストラップ。調べて分かったが、この金具の部分がライカ独特の仕様で、金具がカメラに当たらないように工夫されている。期待してなかったが、地味にイケている。

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使い込みの見られる純正速写ケース。正直使わないだろう。

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東急ハンズで購入したテープはこれ。太さと粘着具合、あとは光沢過ぎない(適度なマット感)質感がM6のステンレス部分にマッチしたからだ。 

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鮮明に自己主張するLeicaの赤いロゴとLeica M6の印が気に入らない。主張しない道具の方が安全で安心できる。特に海外でスナップする際は。ネットで調べるとやはり同じようにこの主張を嫌う人がいることを知る。同感だ。

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若干太すぎるテープの幅も合わせながら、黒テープのサイズ感をあわせる。どのテープが良いのかをGoogleで調べるも、海外ならば多少でてきたが日本では特別なかったので、克明に掲載してみる。今後の誰かの参考になれば幸いだ。f:id:yonpei704:20180617100515j:plain

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アンリ・カルティエブレッソンがM3のシルバー部分を黒テープで黒塗りにしたように、M6の主張を黒テープで自粛させる。しっくりくる。MPと悩んだけれど、値段の関係でM6×黒テープで我慢することにした。

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次の週末に両親と旅行に行く予定だ。

それに間に合うようにと、それが購入を後押ししたのは事実だ。(購入を肯定させるためのていの良い言い訳なのかもしれないが。)

良いレンズで、良いカメラで、今自分が残せる最高の写真を。自分の残せる最高の感性を。作品ではない。本質であり、真実であり、現実を。

32歳の今、父に贈る言葉(”言い訳”)だ。

今週のお題「おとうさん」)


*ライカM6購入後の道すがら、久しぶりにAmazon以外で買った本。これもオススメ。文才あるってこういう人だよなと思う一冊。父の日の一冊。

 

※レンズは火曜に届く。レンズの話はまた今度。

 
Maeda

Netflixオリジナル映画『さようなら、コダクローム』を観よう / car w a broken window

(”car w a broken window” @Kanagawa Japan Yohei Maeda Photography)

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Netflixが凄い。オリジル作品の質が本当に凄い。ドラマだけでなく、長編映画も大変面白い。  

Netflixオリジナル映画『さようなら、コダクローム

先日、「Netflixでコダクロームの映画やってたよー。」「この映画好きだと思うよー。」というLINEを立て続けに別々の友人からもらった。そのNetflixオリジナル映画『さようなら、コダクローム』が良かったので書いてみる。

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www.netflix.com

今は廃版となってしまったコダクローム。その最後の現像所の最終日までにフィルムを依頼しにいくというロード・ムービーだ。スライドではなくポジではあるが、今でもフィルムでの撮影&現像出しをする自分にとっては大変共感する内容だった。

 

映画の中では、懐かしのコダクロームKodak Kodachrome 64フィルム(デイライト) – 36露出がでてくる。まだAmazonで新品を購入できるっぽい。現時点で3万円オーバーとのこと。現像はできない。

詳しい映画の内容はここでは割愛するが、著名な写真家の親父と息子の物語だ。

*自分の2時間をこの映画に投資するかどうか決めかねてる方は、町山さんの映画紹介をどうぞ。町山さんの紹介はネタバレしないラインで映画を観たくさせるのでオススメ。

www.youtube.com

俺たちは皆時間ってものを怖がる。時間が全てを消していく。だからこそ我々の役割がある。

映画の中、写真家として一時代を築いてきた父親のセリフが、特に印象的でだった。一つの時代が変わる転換期を象徴しつつも、写真家としての本質は変わらないのだろう。

1.「デジタルで撮ればいいのに」と諭す息子に父親が話すシーン

息子:「デジタルで撮れば、話は早いのに。」

「作りの物のおっぱいを触ったことは?」

「見た目が良くても、ニセものはニセものだ。」

「最近は皆写真をたくさん撮る。」

「何十億枚もなでも現像はしない。データだけだ。電子のチリだ。」

「後世の人が探しても写真は出てこない。俺達がどう生きたかその記録はゼロだ。」

「何を作っても見なけりゃ意味がない。」 

2. 若手写真家仲間達へ先輩写真家として父親が語るシーン

「俺たちは皆時間ってものを怖がる。」

「時間が全てを消していく。」

「だからこそ我々の役割がある。」

「写真で時間を止め、瞬間を永遠にする。」

「人の本質を表現する。」

「アートってそういうものかもな。」

  

ニセものかどうかはその人が決めればよい。その”ニセものではない形”で、瞬間を永遠にする。時間を止める。本質を表現する。どう生きたかはそこに宿る。写真とはそういうものかもな。って思わせてくれる映画だった。方法は変われど、写真や写真家の本質は変わらない。

 

写真撮っている人も撮ってない人も、

Netflixオリジナル映画『さようなら、コダクローム』を観よう。

 

Maeda

ガンとフィルムとデジタルについての写進化論 / scene

(”scene” @Somewhere Italy Yohei Maeda Photography)

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そろそろフィルム写真とデジタル写真について自分の考え方を整理してみようと思う。そう、よくあるやつだ。

【藤田一浩×嶌村吉祥丸】インターネットが変えた、写真家という人生 | TABI LABO

 

正確にいえば、”今の”自分のフィルムとデジタルについての考え方だろう。

 

時間、お金、気持ちにある程度の余裕がある今だから、多分フィルムでの写真撮影は可能なのだと思う。それらのうちのいずれかが切羽詰まってくれば、お金も手間もかからないデジタルに移行するのかもしれない。写真を撮影し続けて最高の1枚を創りたいというのは事実だ。しかしながら、本当に大切にしたいもののためなら二の次三の次に平気でなり得るというのも事実だろう。本当に大切なものはここではない。それくらいの感覚でもある。フィルムへのこだわりなんてその程度。写真とはそんなもの。

 

父が癌と宣告されてから、以前にも増して達観しているようにみえる。母と毎週のように旅行に出かけている。何十年とかけて作ってきた会社でも、お金でも、子供でも、孫でもないのかもしれない。本当に大切なもの。。そんなものを観ている気がするのだ。

 

今あるモノで、今あるコトを、今好きなスタイルで撮る。必要になればそれに適応していく。進化とはそういうこと。変化を受け入れながら時間を全うしていく。「こだわり」なんていう人間が美化し過ぎた言葉をなんなく超越する。そういうことだ。

 

“ほら、あなたにとって大事な人ほど、すぐそばにいるの〜♪ “ なんて歌があったが、あなたのすぐ側にあるカメラで、楽しく撮影できているならばそれでいい。満足いかないならば新しい可能性を模索すればいい。フィルムvsデジタル論争なんて、結局はそういったもっと大きな範疇の中にあるたわいもない話。大した事ではない。

 

写真を撮りながら日々進化していけばよい。そういったことを撮影旅をしながら論じてみる、写進化論。

 

「まつもと〜。まつもと〜。」

大量のフィルムとCanonF-1と共に松本駅にもうすぐ到着する。今のところ、20歳の頃から撮影スタイルは変わってない。

 

Maeda

お題「カメラ」

 

写真雑誌という読書のススメ / dead cat

(”dead cat” @Aomori Japan Yohei Maeda Photography)

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あれこれ考えを巡らすのもいい。さらっと写真を眺めていくのもいい。

写真をみるならやはり雑誌の方が大きさも気軽さもちょうどいい。

最近久しぶりに立て続けに雑誌を買った。どちらも大変面白かったので、写真に関心ある方へおすすめしたい。

 

気持ちの良い春先、週末、もしくはGWのどこかで写真雑誌を嗜んでみるのはいかがだろうか?

忘れられない写真。:Pen(ペン) 2018年 4/15 号

https://amzn.to/2vy4rv4

中途半端な沢山の写真は求めてない。そう、忘れられない一枚。そんな一枚を撮りたいんだ。

 

見ようとすれば、みえるのか?:STUDIO VOICE vol.412 

https://amzn.to/2vxoEkL

サブジェクティブ・フォトグラフィってなんだ?日本の主観主義写真について8Pにわたって書かれている。自分の写真で表現したいと考えていた世界観とリンクする部分が多分にあって大変興味深い。思想と思考と作品が繋がりつつある感覚が楽しい。

 

Photographerな皆さん、価値ある週末&GWを。

 

Maeda

お題「ひとりの時間の過ごし方」

【OOPTICAL.M】手作りメガネと写真散歩 / zoshigaya

(”zoshigaya” @Tokyo Japan Yohei Maeda Photography)

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お題「愛用しているもの」

= 水牛の骨(バッファローホーン)から削りだされた手づくりのサングラス。f:id:yonpei704:20180414093515p:plain

カメラをもって街を歩くと、永遠に歩ける気がする。何でもない街でも楽しい。観光地である必要はない。写真を撮ることが好きな理由の一つだろう。

 

ふらふらと歩いていると、思いもよらない出会いもある。素敵な店や、面白い人、買う予定のまったくなかったメガネ。。。。

写真を撮りにでかけたら最高にクールなメガネを手に入れた話

ふらふらと写真を撮りながら歩いていると、遠くの神社にみえた人だかり。手づくり市が開催されていた。手づくりで作られたプロダクトを販売する露天達。カバン、アクセサリー、服、盆栽にパンetc....  創り手自身が商品を青空の下販売していた。既に楽しい。

中でも「メガネをつくってます。」というお店に興味を惹かれた。どれも素敵なメガネで、”これを手づくりで作っているんだ。”という驚きのクオリティ。

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旦那さんのメガネ好きがこうじて、家の自宅の一部を工房にして制作しているとのことだった。最初はブーブー奥さんに言われながらの趣味だったが、最近こういう出店できる機会のたびに少しずつお金も入るようになって、ようやく認められ始めたとのこと。夫婦ふたりで立つお店はいい感じだった。

 

数あるメガネの中で惹かれたのは、「試作品だけど、、」と見せてくれた水牛の骨から切り出したサングラス。水牛の骨は削るのが大変で、削ると猫の尿のような臭いが家中に充満し、とにかく大変だったとのこと。水牛という非人工物でない色合い、見た目のかっこよさは勿論だったが、その試作品という唯一無二感、すべてのストーリーに惹かれてビビッと来てしまった。

 

まったく想定してなかったけれど、ついつい購入してしまった。
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今ではとても愛着のある”愛用している”一品となった手作りのサングラス。

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OOPTICAL.M(澤口さん)のメガネ

サラリーマンとして企業人をしながらメガネを作っている、澤口さんのメガネを今後も購入するだろう。メガネ好きな人は要チェックだと思う。

人気がでるのは寂しいので本当は隠しておきたいけれど、素晴らしすぎるからお勧めしておこう。

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 Instagramwww.instagram.com

こういう1点もの。創り手の”愛”という名の独自性がたまらなく好き。いわゆる量販のブランドものではない良さを求めてしまう偏屈な嗜好こそ至高なり。
 

Maeda