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TWO BOOKS

白黒写真が僕を好きな理由

頑張れる糧は”父の起業”と”父の記憶”があるからだと思う / Father in Onsen

日記的なもの

(”Father in Onsen” @Gifu JapanYohei Maeda Photography )  

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2015年の父の日は6月21日(日)。母の日に比べると”あれ、いつだっけ。”と忘れてしまいがちな父の日。そんな父の日迫る本日は父親について綴ろうと思う。

 

私が生まれたその日は、父が務めていた会社を辞める送別会の日だったと聞いている。出産予定日から余裕があるからと、安心して宴会へ出かけていたが、あれよあれよという間に私は生まれた。出産のその時には立ち会っていなかったという。

父の起業

私の父は、田舎育ちの一人っ子。大学進学で東京へ出るも、親の世話をするのは自分だけだと就職と同時に田舎へ戻る。車のセールスとして社会人生活を始めた。その後、大学時代の経験を活かすため、大手重工系企業の設計の仕事へ転職する。その設計の仕事をしている中で彼は運命の仕事を知る事になるのだった。その仕事をするためには国家資格が必要で、かつ、いわゆる業務経験も必要。そのために設計の仕事を辞めてその仕事にフォーカスするタイミングに私が生まれたというわけだ。結局その後彼は新しい職場で8年程業務経験をつみながら、国家資格を取得して独立する。

父の記憶

私は覚えている。彼が自分のオフィス賃貸を探すために母と私達子どもを連れて様々な物件をまわっていた姿とか、オフィスに机と電話がポツンとあった風景とか、その2階建ての小さなオフィスの階段で私達3兄弟はグリコをしていた思い出とか、そのオフィス独特のニオイとか。。夜晩御飯を家族で食べた後に再びオフィスへ戻る姿とか、土日でもオフィスへ行っては仕事をしてた姿とか。

私の起業心

そんな原体験が今の私の生きる糧になっていたりするのだと社会人になって良く思う。写真集を出版する事は成す事なのだが、それとはまた別軸で”自分の会社で生きていく”という思いは小さな頃から変わらずある。今はまだとあるベンチャー企業の一サラリーマンではあるが、必ずやり遂げねばならない事だと強く思っている。悩めることも多い日々だが、人知れず頑張れるのはあの時の”父の起業”と”父の記憶”があるからだと思う

  

2015年の父の日は6月21日(日)。皆様お忘れなく。

 

Maeda