TWO BOOKS

白黒写真が僕を好きな理由

Imacon Hasselblad Flextightでフィルム写真をスキャンする休日 / afternoon nap

(”afternoon nap” @Tokyo Japan Yohei Maeda Photography)

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フィルム写真をネガスキャナーでデジタル化する。なんて面倒な作業だ。

時代錯誤な方法だとは自負している。お金も時間もかかる作業であり、まったくオススメしているわけでもない。それでも、この溜まってきた写真フィルムをせっせと画として生み出す作業は楽しいのだ。

 

私の場合は、作品制作を以下のフローで楽しんでいる(楽しむ計画だ)。

  1. 写真を撮りためる。
  2. ある程度フィルムが溜まったら現像へ依頼する。
  3. フィルムがあがってきたら、そのフィルムをみながらデジタル化する。
  4. そのネガの塊をもって暗室へこもる(将来のお楽しみ)
  5. 集大成の写真集を制作する(将来のお楽しみ)
  6. 個展を開催する(将来のお楽しみ)

今回は、その中での”3.フィルムがあがってきたら、そのフィルムをみながらデジタル化する。” についてのお話だ。

Flextightという私の相棒ネガスキャナー

でかい。

そう、こいつは無駄に大きくて、無骨だ。私の写真活動に欠かせないFlextightとの出会いは、自分がアメリカにいた大学時代にさかのぼる。自分が写真に没頭しまくっていた学生時代は、まさにデジタル写真が台頭し、学生でも基本デジタルカメラでデジタル出力した写真を制作していた。

フィルムを使って作品を作るのは時間もお金もかかる。技術の進化が追いつき、デジタル写真のクオリティも良くなっていた。デジタルな技術を習得した方が将来の仕事、スキルにも繋がりやすかった。皆こぞってデジタルラボでデジタルな作業をこなす中。デジタルラボの片隅にあったこの無骨な写真フィルムスキャナーに恋をした日本人男子が居たのだった。

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高精細フィルムスキャナー、Imacon Hasselblad Flextight : Flextight Precision/Precision II

すでに廃版の代物だ。

www.nationalphoto.co.jp

大学を卒業し、社会人になって一番最初に購入すると決めてたこのスキャナーは、北欧の写真家から譲ってもらったものだ。ネットで調べ、状態が最高で、かつ、安く購入できるものを見つけた。(とはいえ、相当な額だった。カメラなんて比ではないw)

個人輸入したものの、当時のマックですら接続できず、こいつ専用iMac秋葉原で見つけて連れて帰ってきた。この個性的な相棒は、自らの相棒すらも当然のようにより好みする。

それでも良き決断をしたと思っている。なぜならば、今なおこのやんちゃな相棒はしっかり仕事をし続けてくれるからだ。 

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撮りためたフィルムと戯れる午後

時間を作ってゆっくりじっくりスキャンをするたまの休日は最高だ。忙しく動きまわる平日とは意図的に真逆の時間を過ごす。大きな機械にゆっくりと取り込まれていくフィルムと音。時間を更にゆっくりさせる。

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大事なのは変わることと変わらないこと

なんかの歌詞だったような気がする。

自分は変化が好きだ。新しい事を知ることが楽しい。新しい技術や話題にいち早く乗りたがる。けれど、写真に関してはあえて?自分が見出した楽しいと思ったスタイルを頑なにやり続けている。

フィルムもなくなるかもしれないし、現像代も更に高くなっていくかもしれないし、フィルムカメラも完全に淘汰される日々が訪れるかもしれない。けれども、現像するまで、スキャンするまで、現像するまでわからない状態での写真撮影はどうしても楽しいのだ。

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デジタルな画を制作することは写真制作の途中でしかないと考えている。

ただ、それでも一時的に画として楽しむ術を与えてくれるスキャニングは、自分の写真制作への情熱を持続可能なものへと多分にサポートしてくれている。

 

フィルムという色褪せない媒体で作品を保持する。まとまった時間のできるもう少し年老いた頃に、暗室に篭ってニヤニヤしながら焼きたいという将来の想いをはせながら。

 

今から楽しみだ。

 

Maeda

*私の相棒のFlextightでスキャンした作品達が閲覧できます。もしよければ覗いてやって下さい。⇒Yohei Maeda Photography

"世界一美しい本をつくる男" と写真集を買う理由 / Chicago

(”picaso” @Chicago USA Yohei Maeda Photography)

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「上質な本」とはどういう本だろう?電子書籍が少しずつ幅を利かす昨今、"モノ"として本を所有する意味を考える。

昨今、モノを所有しないミニマルな生き方がクールとされつつある。実際、自分も昔に比べて物欲は減った。

本を読むことは好きだが、本を買う時にはまずKindle版の電子書籍を選択する。電子版がない場合は、「なんで電子版無いんだ!」と心の中で1人憤慨しながら、泣く泣くリアルな本を買う。持ち運びが不便だし(読みたい時読めない)、家の保管場所に困るからだ。本の中身が知りたいのであって、"モノ"として所有したい訳では全くない。つまり、書籍、本は基本買いたくない派だ。

そんなスタンスの自分でも、写真集は"モノ"として所有したいと思うのだ。そんな、本を所有するという事について考えさせられる映画を紹介しようと思う。

映画:世界一美しい本を作る男 -シュタイデルとの旅

世界一美しい本を作る男 -シュタイデルとの旅- (字幕版) G ゲレオン・ヴェツェル & ヨルグ・アドルフ を観た。

映画『世界一美しい本を作る男〜シュタイデルとの旅〜』公式サイト 

世界一美しい本を作る男 -シュタイデルとの旅- (字幕版)

世界一美しい本を作る男 -シュタイデルとの旅- (字幕版)

  • ゲレオン・ヴェツェル & ヨルグ・アドルフ
  • ドキュメンタリー

シュタイデル社 をご存知だろうか?

世界中の有名な写真家、アーティストを魅了しつづけている製本屋さんだ。シュタイデルさんが生まれ育った故郷で、こだわり抜いた本を製本し続けている。世界中の写真家から彼に製本してほしいと、彼へのオファーが殺到する。世界中から引っ張りだこにも関わらず、彼がシンプルに本作りに興味があり、素直に良い作品に仕上げたいという気持ちが良く伝わってくる。そんなシュタイデルさんの頑固さとこだわりが全編を通じて垣間見れる映画だ。

 

「本にはフォーマットがあって、良い本とはそれぞれの写真にきちんと合っている本だ。」

 

「その本に個性が感じられるか。紙の種類も本に合わせて考え、写真に合わせてインキの色選びから製本にまでこだわる。それで独創的な本が生まれるんだ。」

 

「私の作る本は工業製品ではない。作品の分身で、芸術家のアイディアを反映している。そして、そういうアイディアは確かな技術を持つプロの手で具現化される。」

写真集を買う理由

シュタイデルさんが創り出す本のように、アーティストが創り出す素晴らしい写真と、こだわりのつまった最高の製本であれば、モノとして本を購入したいと思わせてくれる。

彼の言葉にあるように、写真集という本は、単なる工業製品ではない作品の分身のように感じるから、私は写真集を買いたいと思うのだろう。

歳をとるにつれ、価値あるモノ、コト、にしかだんだんと購入意欲が湧かなくなってきた。お金を使いたくないわけではない、が、どうせ使うなら購入価値の高い商品へお金を支払いたい。

「上質な本」とは?

冒頭の質問に戻る。「上質な本」とはどういう本だろう?

 

電子書籍が少しずつ幅を利かす昨今、モノとしての本を所有する意味を考える事で、その答えが少し見える気がする。

上質な本とは、想いの入ったアーティストが産みだす作品(コンテンツ)と、その想いを汲みえる最適なフォーマットと本づくりに愛を込めれる製本屋さんでなし得るものなのだろう。そういう意味でシュタイデルさんは上質な本を作るのだろう。

私が将来出版する本も上質な本であって欲しい。。そんな事を考える映画だった。

yoheimaeda.hatenablog.com

 

 Maeda

【安藤忠雄】希望と青春と青リンゴ / selfportrait

(”selfportrait” @Long island USAYohei Maeda Photography)

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朝日で目覚めた土曜日の朝。外は快晴。

寝ぼけ眼でテレビをつける。テレビには安藤忠雄。ガンで合計5つの臓器を摘出しているらしい。胆嚢・胆管・十二指腸・膵臓脾臓、全てないのに現役バリバリに活躍している。医学界でも奇跡といわれてるらしい。希望があれば生きていられるとのこと。

http://bunshun.jp/articles/-/4495?page=1

「青春とは 前を向いて生きている状態。」

「希望があるから臓器がほとんどなくても生きてられる。」

「希望があれば老眼にならないw」

「りんごは青い方がいいと思うんですよ。人間も青い方が何も知らない状態の方がいい。自分は常に青リンゴだと思ってる。」

76歳で、自分は青リンゴだ、青春だ、希望がある。 と笑える安藤忠雄はやはりカッコ素敵だ(カッコ良くて素敵だの略)。

“人が生きる”と書いて人生。生きる時間をどう過ごすか、そのヒントに溢れてる。希望、青春 、青リンゴ。人生を満たす秘訣なのかも。

よく働きよく働き学んだ週だった。そんな週締めの朝一で、偶然目にした安藤忠雄氏のパワフルなエネルギーに癒された土曜日の朝。

 

冒頭のselfportraitは、学生時代に1年の写真旅に出かける前日にタイマー撮影したセルフポートレイトだ。バックパックに詰め込めるようにと開封した白黒フィルムの空箱の山と、奇跡のような良い作品を撮るんだという決意と共に。

 

自分もいつまでも青リンゴのようにありたい。

 

さあ、光の教会を観に行こう。

光の教会」の礼拝空間を東京で体感できる 「安藤忠雄展 挑戦」国立新美術館で開催中

http://www.christiantoday.co.jp/articles/24507/20170929/tadao-ando-exhibition.htm

 

Maeda

今週のお題「芸術の秋」

【時間を買える宿】ランプの宿(青荷温泉)へ行こう。/ night2 

(”night2” @Somewhere Yohei Maeda Photography)

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旅してますか?
 
「学生時代はしたけどね〜。」
「時間(もしくは、お金)があればね〜。
「奥さんが〜。子供が〜。
 
色んな”いいわけ”が聞こえてきそうだ。
 
以前書いたが、私が絶賛プッシュしている”金夜土日旅”で青森県青荷温泉にあるランプの宿へ行ってきた。
このランプの宿が格別に素晴らしかったので、その素晴らしさと、今後訪れるだろう人のためにコツを紹介する。

ランプの宿(青荷温泉)を本当に愉しむ4つのコツ

最初に断っておくと、とにかく何もない。静か。山奥。電気もない。ランプオンリー。もちろんテレビなんてあるわけもない。だから、何かしらのアクティビティを期待しているならば、別の選択をオススメする(あくまで個人的主観です。カップルもご家族もいらっしゃいます。)。

1. 部屋を選ぼう

宿泊できる建物は以下の4つがある。

  1. 本館
  2. ふるさと館
  3. 幻渓楼
  4. 十方堂

可能であれば、”ふるさと館”をオススメする。また、その中でも”つきかげ”(部屋名)をオススメしたい。本館からも離れ、本当にひっそりと、静かな場所だからだ。そこにあるのは部屋からみえる山肌と滝とストーブ。そして、ランプだけ。f:id:yonpei704:20161120072237j:plainf:id:yonpei704:20161119161737j:plainf:id:yonpei704:20161120072249j:plainf:id:yonpei704:20161120072353j:plainf:id:yonpei704:20161120072133j:plainf:id:yonpei704:20161120072237j:plainf:id:yonpei704:20161119161737j:plainf:id:yonpei704:20161120072249j:plainf:id:yonpei704:20161120072353j:plainf:id:yonpei704:20161120072133j:plain

2. 行く時期を選ぼう

本格的な冬が来る手前がいい。ここは青森。おそらく相当な雪が積もるはず。山の中にあるため、雪が理由で辿りつけない、予期せぬ事故にあう、なんてことも考えられなくない。冬が到来する秋口あたりが風情良くてよいだろう。紅葉シーズンなんて最高に美しいのだと思うが、個人的にはその紅葉が落ちきった落ち葉しかない荒んだタイミング。雪がちらつき始める手前あたりが、ひっそりとゆっくりと静かで好きだ。 春先もきっと素敵だと思う。が、冬の手前こそこの静けさ、寂しさ、何もなさがよりいっそう引き立つように感じる。

3. 風呂に入る時間を選ぼう

ご飯のタイミングは決まっている。一定の時間内に料理を食べに来て下さい。となっている。冒頭に旅館周辺のお話があるらしいが、敢えてそれをスキップしよう。そのご飯の時間の最初30分~1時間くらいを狙って風呂に入ろう。ほとんど誰もいなかった。そう、日本人は律儀に時間ぴったりに食堂へ出向く。断っておくが、決してルールを無視しているわけではない。あくまでその時間内に食堂に来てくださいというルールなので。

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4. 1人で行こう

海外への一人旅も多くした。海外もいい。町並み、人、文化etc.. 全てが未知で新鮮で。ありきたりだけど、自分と向き合えるのだろう。普通の週末でそれを体感できる場所が日本にもある。もっと気軽に、そして安く。海外とは違った切り口で自分の時間を確保してくれる。自分と対話できえる時間をたっぷり味わえることだろう。こんなにも夜が長く、朝が美しいと感じたのは久しぶりだった。
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時間を買うことができる宿

スマホを確認しない日はない。大人になって忙殺されている人も多いだろう。仕事、家族、人間関係等々。逃げるわけではなく、戦うために一息いれる。新卒の時のとにかく忙しい日々の最中、上司が倒れそうな同期にさらっと放った一言を今も鮮明に覚えている。
「つらくなったらば、逃げればいい。で、元気になればまたやればいい。これの繰り返しで自分が調整できるようになる。身体を壊すくらいならば、逃げる。意味ないから。」
自分も、将来は頑張る人達へこう言える上司になりたいと思ったのを強く覚えている。ストレス多き日々を頑張る世の中のお父様、お母様、若者達。日々お疲れ様です。一息入れたくなったらオススメですよ。
 
弘前市街で写真も沢山撮ったし、夜はひっそりと静かに過ごせた。良い1人旅だった。
持論ではあるが、大人とは、”お金に時間に強弱をつけて愉しめる子供” だと思っている。
 
時間がないって?じゃぁ、時間を買おう。
 
Maeda

撮りたかった写真 / Angkor

(”Angkor” @Siem Reap CambodiaYohei Maeda Photography)

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今でも忘れない。確かに撮ったのに”撮れていなかった”、撮りたかった写真。

 

カンボジアを訪れた時に視たあの光景は奇跡的なものだった。20代前半の若者であった自分の熱量に対して、一ノ瀬泰造氏が答えてくれたとさえ思った画だった。シャッターを切っていて興奮した自分がいるのを今でも鮮明に覚えている。(良い写真は撮影している時に分かる。その写真を今でも忘れない。)

撮りたかった写真

一ノ瀬泰造氏の墓石を背景に、水汲みバケツを2つ方からかけた棒に下げた小さな少女の姿。年頃にして8歳前後だろうか?カメラを見せて、「撮っても良い?」ってジェスチャーをしてみた。仕事(水汲み)に行く最中にも関わらず、ニコッと笑ってこちらに向かって静止してくれた。

 

彼女の数メートル後ろにはこの地で亡くなったとされる戦争写真家の一ノ瀬泰造氏の墓石。彼女が立つ位置が絶妙すぎて、彼女を真ん中に撮影するとその背景にぼやけた形で墓石が写る。そんな構図だったように記憶している。少女の屈託ない笑顔と、肩から下げた棒の両端から下がる水汲み2つのバケツ。全てがその場をその場所を明確に、そして的確に表現してくれる画だった。素晴らしい写真になる。そう確信して何枚もシャッターを切った。震えた。

 

一ノ瀬泰造氏は、戦争下の荒々しい写真を沢山収めている一方、休息時に訪れる各村々の子どもの写真も多く撮影している。村で出会う少年少女の屈託ない笑顔が彼のシャッターを切らせたのだろう。戦下の写真の合間に子どもの写真が混じっているフィルムを勝手ながら想像する。

 

しかし、旅を終えてフィルムを現像してみるとフィルムには画がほとんど残っていなかった。その少女の写真も撮れていなかったのだ。旅の後半からカメラが壊れていたらしい。どうやら、内部のシャッターがうまく開閉してなかったとのこと。後半に撮ったと思った写真はどれもフィルムには記録されていなかったのだ。自分がカメラ越しに捉えた画は、フィルムに記録される事なく、自分の記憶としてのみ残ったのだった。

沢山の中途半端な写真よりも、最高の一枚を撮りたい

あの時、あの瞬間、あの場所でみた画は、完璧に、完全にその彼が視た画であり、彼がとりたかった画であり、彼が出会わせてくれた画だった気がしてならないのだ。 

 

本当に撮りたかった写真の話だ。あのような心底震えるような瞬間に出会えたことが、今もまだ写真を撮り続けている理由の一つだろう。そんな”毒薬”を体験してしまった性ともでも言おうか。

 

あれを超える一枚を撮りたいと彷徨っている。

 

Maeda

※補足:一ノ瀬泰造氏について

一ノ瀬泰造氏は戦争写真家としてカンボジアで1973年に亡くなっている。20代で輝かしい写真を残して、シェムリアップのジャングルの中で亡くなったらしい。その亡くなっただろうとされている地域に墓石が建てられている。

 

以前、青森県立美術館で開催された「生誕80周年 澤田教一:故郷と戦場」へ訪れた時のグログでも少し触れているので、興味ある方はご参照あれ。

yoheimaeda.hatenablog.com

 

写真撮影機材ではなく、撮影方法について語ろう / an old couple

(”an old couple” @New york USAYohei Maeda Photography)

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写真撮ってますか?

こんな記事に出会い、思わず「そうそう。」と納得する部分と「う〜ん。」という部分があったので、自分なりに大事だと思うコツを選んで書いてみる。記事への、また、その元ネタの写真家トーマス・ロイトハルト氏へのリスペクト込めて。

gigazine.net

街中のふとした光景を撮影する「フォトウォーキング」のコツ23個の個人的賛否

◆01:黒っぽい服を着ること
賛成  学生時代に見た全身真っ黒の強面スタジオ写真家集団を思い出す。黒ずくめ&皆坊主だったな。
◆02:カメラのワイヤレス操作機能を使う
保留 デジタルじゃないから機能ない。被写体によってはありだと思う。
◆03:カメラのモードを正しく使い分ける
保留 古いマニュアルカメラだからそもそもPモードない。
◆04:構図を決めてタイミングを待つ
賛成 よくやる。意図的な構図を創ることは強く意識してる。理系脳だからか、ふわっとした気持ちだけ優先の”薄い”写真は好きでない。意図的な写真にこそ写真家の存在意義があると強く思っている派だ。
◆05:連写モードを使う
反対 これもマニュアルカメラを愛用するため機能ないが、上記同様、意図的に切り取ったという事実(センス)に価値を感じるから好きではない。硬派すぎるとは思うけど心底そう思ってる。
◆06:決定的な瞬間を待つ
賛成 よくやる。よく待つ。だから1人で撮影しにいくと気づけばほぼ同じ場所で時間だけ過ぎてること良くある。逆に街を歩いていて、そういう写真家をみるとGood Luck!って思う。
◆07:目を凝らして輝度を測る
賛成 細部を写す事は大事。昔極端にコントラストの強めの写真を撮影してこともあっったが、暗部の詳細の大事さを指南されて考え方がかなり変わった。暗部にも大事な詳細はある。可能な限りの情報を適切にコントロールしたいと思っている。
◆08:時には撮影を中断して、Instagramなどに写真を1~2枚アップロードする
保留 デジタルじゃないから。
◆09:同時に、写真のバックアップを取っておき、メモリーカードの容量を空ける
保留 デジタルじゃないから。
◆10:新しい構図を探す
反対 分かる。し、自分もたまに試す。が、結局最終的に納得いかない。”◆05:連写モードを使う”の反対理由と同じだろう。自分で視た”意図的な”写真こそ価値があると考えてるから。
◆11:高い場所から撮影する
反対 上記◆10に同じ。
◆12:三脚を使う
反対 反対?というか、基本つかわない。機動性重視の方がスナップ撮影には良い。重いと歩き回れないという体力的な意味合いにおいても。
◆13:水は遅めのシャッタースピードと相性がよい
反対 そんなことはない。早めで切り取る選択もよい。普段目にしない光景になり得るから一見シャッタースピード遅めの水の表現は美しく見えがちかもしれない。が、自分はそういうことで勝負したいわけではない。
◆14:その場のものをフレームとして使う
賛成 とても共感。よくやる。想像して創造する。
◆15:路地や出入り口を利用する
賛成 やる。”◆14”と似た感覚だろう。
◆16:被写体の一部だけを撮影する
賛成 やる。
◆17:影を利用する
賛成 白黒写真を撮影するので影は利用する。影は画をデザインするのに使える重要な要素。
◆18:反射を利用する
保留 それを利用できるシーン自体に遭遇する機会少ないかな。
◆19:人を恐れず撮影する
”大”賛成 これに尽きる気がする。失礼と思われるぐらい突っ込めるかは重要かなと思っている。プライバシーとか個人情報がとか言われる昨今だが、過去のマスターピースとされてる写真をみても、人を被写体としているスナップはこれに尽きる。
◆20:被写体に自己紹介をする
賛成 ”◆19:人を恐れず撮影する”をするためにもマナーは大事。そのためにも自分のWebサイト、写真をスマホで見せれる状態をつくっておく事をオススメしたい。撮影した後に話をする。で、盛り上がれば自分のサイトを紹介して去っていく。昔はアドレスを書いた名刺を渡していたが、最近はスマホでサイトをみせたりすること多い。
yoheimaeda.hatenablog.com
◆21:写真は消さずに保存しておく

賛成 そもそも消すという行為が個人的には信じられない。デジタルだと枚数撮影しすぎてしまうから致し方無いのかもしれないが。。

◆22:白黒加工を使う

反対 ”加工”で変えない。デジタルな加工は補色,ゴミ取り程度の最小限におさえたい。

◆23:写真を加工しすぎない

賛成 ”◆22”に同じ。デジタルを否定するわけではないが、意図的に切り取るという面白さを個人的には楽しんでいるから。 

”撮影スタイル” は十人十色だろう

正解はない。自分らしい写真。それを実現するための自分らしい機材がり、その撮影スタイル がある。そこには個人の最適な撮影のコツがある。
 
案外、撮影機材や撮影手法に言及する記事はみかけるものの、個人的にどうやって撮影しているのかという撮影のコツは少ない気がするな。と、書きながら感じたりもした。個人の撮影方法ってなんだか秘密な事だったりするし、写真家は1人で行動する人多そうだから多分そうとう個性がでると思う。独自の進化を遂げたガラパゴス的な撮影方法ありそうw
 
皆さんはどうやって撮影してますか?
 
Maeda

思いは言葉に / Arigato

(”Arigato” @Gifu Japan Yohei Maeda Photography)

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(*今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん」 )

今年で32歳。おじいちゃんとおばあちゃんはもういない。

 

母方のおじいちゃんは私が生まれる前に癌で他界しており、実際に記憶にあるおじいちゃとおばあちゃんの姿といえば、父方の二人と、母方のおばあちゃんだ。今日は一緒に同居していた父方のおじいちゃんとおばあちゃんの思い出について綴ってみようと思う。

 

私は父方のおじいちゃんおばあちゃんと同居して育った。いわゆる田舎の家だったので、小さな頃から田んぼや畑へ一緒について遊んでいた。父母は共働きだったので、小中学校の事業参観には代わりにおじいちゃんやおばあちゃんが来てくれたこともあった。生まれてからずっと一緒に暮らしてきたので、ずっとそばにいることが当たり前の存在だった。

 

おじいちゃんは細身だけど筋肉質で力持ち。手先が器用でとても几帳面な人だった。小学校の頃の夏休みの工作も手伝ってくれた。毎日かかさず日記もつけていた。晩年近くになって色んな薬を飲むようになった時も、飲むタイミングごとに薬を小分けして丁寧にラベリングしてあった事を良く覚えている。そんな人だった。

 

おばあちゃんは女性のわりに足の大きな賢い人だった。母が仕事で帰りが遅い時は母に代わって晩ごはんを作ってくれた。また、母の晩ごはんが楽になるようにと、でしゃばりすぎることなくもなく一品だけ煮物を作ってくれてたりもしていた。気の利いた姑心という名の賢さだったんだなと今更ながら気づく。私が男ながらお手玉もあやとりも一通りできる理由はおばあちゃんが教えてくれたからだ。

 

ほとんど毎日二人で畑や、田んぼへ仲良くでかけて昼ご飯を家で食べに戻る。そんな普通の日常だけでなく、年に数回は二人で国外問わず旅行にも良く出かけていた。「田舎の同年代の中ではおそらく自分たちが一番海外へいってるぞ。」という話がおじいちゃんの自慢だった。

 

私が大学時代にアメリカへ留学を決めた後、父母と離れることよりもおじいちゃんおばあちゃんと離れることの方が寂しかった。年齢的にもしかしたらこれが最後になるかもしれないという怖さがより強かったからだ。だから、長期休みで帰国した時には、畑や田んぼを手伝いながら、二人の写真を沢山撮ったものだった。(*アメリカへ戻る前日に、実家の部屋に”お手伝いありがとう”と書かれた封筒が置いてあった。冒頭の写真はその時のものだ。)

 

そんなおじいちゃんとおばあちゃんは、海外留学を終える時まで結局元気でいてくれた。その後私が東京で働きだしてからも、引き続き元気に生活していた。しかしながら、徐々におじいちゃんは腰痛を訴え出し、足が思うように動かなくなってきた。一方で、おばあちゃんは少しずつおかしな発言目立ち始めたのだった。父が病院に連れて行ったところ、痴呆症が発症しだしているとの事だった。現代の医学では痴呆症を治すことは出来ず、除々に痴呆度合いは進行していった。

 

おじいちゃんは頭はしっかりしているが身体が思うように動かなくなり、おばあちゃんは身体は動くが、痴呆が悪化していた。定期的にデイサービスへ一緒にいくものの、準備の遅いおばあちゃんに苛立ちをみせるおじいちゃんが見れ隠れし始めたのもこの頃だったと思う。おばあちゃんの痴呆具合は進み、お風呂へ入るのも大変になっていた。母が面倒をみていたが、心の広い母ですら少しずつ滅入ってきていたのは明らかだった。

そんな折、おじいちゃんから父へ、

「もうあいつ(おばあちゃん)は施設にいれた方がいい。」

と、父へ言った。

父も考えてはいたがその一言をきっかけに正式におばあちゃんを家から近い一軒家のアットホームな施設へ入居させた。

 

不思議なもので、その数カ月後におじいちゃんは亡くなった。泊まりのデイサービスの朝方に、ひっそりと息をひきとった。タイミングを知ってか知らずか、家族にとって一番適切な判断をして、綺麗に亡くなっていった。本当に不思議なタイミングだったように思う。

 

おじいちゃんの葬儀の時、私はおばあちゃんを車いすで式場へと連れてきた。おばあちゃんの痴呆は更に進行しており、孫達や父母達の名前さえ覚えてない状態だった。葬儀の一番前の父母の隣に車いすで並ぶおばあちゃん。お経を詠むお坊さんを気にもせず、

「わっち(私は)おじいちゃんが一番好きやでね」

と、ずっと連呼して泣くおばあちゃんがいた。痴呆で家族の名前も記憶も全くでてこない状態の中、遺影で笑うおじいちゃんを見るや否や、それがおじいちゃんだと分かるらしかった。分からないかもしれないが反射的に分かっていたように思う。それがおじいちゃんで、そのおじいちゃんを大好きだったという事実は明確に感じていた。

葬儀の後にお坊さんから聞いた話だが、おばあちゃんが施設に入った後におじいちゃんが「とうとうあいつは施設に入ってしまってね。」と寂しそうに話をしていたと聞いた。



うさぎは寂しいと死ぬらしい。

寂しさが死期を狭めたという考え方も無いことはないが、おそらく、おじいちゃんは自分の死期めいたものと家族の状況をちゃんとみていたのだと思う。そして、家族にとって一番適切なタイミングで最愛の妻を施設へいれるようにと息子の肩を押した。

 

その後、おばあちゃんは痴呆がなだらかに進みながらも、日差しの気持ちいい小さな老人ホームで5年程過ごして亡くなった。消滅する記憶に反比例するかのように、幼少期に覚えた歌を良く思い出しては歌って、静かに余生を全うした。


二人が最後にみせてくれたこのやりとりが、おそらく今まで自分が目撃した一番大きな”愛”だったように思う。そんな愛を自身でも創りたいし、次へと繋ぎたいと思わせてくれた体験だった。最後の最後まで人生を教えてくれたおじいちゃん、おばあちゃんに心から感謝している。

 

思いは言葉に。「ありがとう」。 。

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Maeda

 

  

追伸︰自分が撮りためたおじいしゃんとおばあちゃんの写真達。もしよければご覧下さい。

More Photos / Photography:Yusuke&Kunie

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